15年目の決意

2017/06/15

こんにちは、OBCの松坂です。
今回は、私の入社から現在までを振り返りながらご紹介したいと思います。

入社は、平成14年 4月1日。最初の勤務地は、今は無き川口営業所でした。
入社前は群馬で一人暮らしをしていたのですが、入社までは配属先が分からなかったため、
通勤に便利な北千住に部屋を借りました。
決め手は、路線の乗り入れが多いこと、都内でも家賃がさほど高くないこと、
何よりたくさんの飲み屋さんがあることでした。

さて配属先の川口営業所は、主に洋書(ELT)をお預かりしている倉庫でした。
当時の営業所所長は、現常務取締役の髙間舘、入庫担当に現部長の柳という顔ぶれ。
PALさん(パート・アルバイトさんのことを当社ではこう呼んでいます)も、今でも語り継がれるような
個性の強い方々でした。
入社当時は学生気分のままだったのか、ピアスをつけて出社なんて失態を演じたこともあります。(恥)

最初は、先輩の柳の下で入庫業務を行っていたのですが、細かい事をコツコツと行うことが苦手な私は
ミスを連発しておりました。
数違い・ロケーション違い・商品違い・・・・一通りのミスを何度も起こし、あげくには、
クーリエ(国際宅配便)の荷物を間違えて検品、お客様に多大なご迷惑と損害を与えてしまい、
当時の営業部長の岡村とお客様へ謝罪にお伺いしたこともあります・・・

入社後すぐに挫折を味わい、さらに一生懸命取り組んでも間違ってしまうという
「負のスパイラル」に陥ります。
その後入庫担当を外れ、出庫業務を行いながら一から入庫業務を覚え直しました。
そんな川口営業所での勤務も4年経ち、一人前?になれた頃に辞令が出ます。


次の勤務地は竹の塚営業所です。(H18.6)
竹の塚営業所は、和書(専門書)に特化し、流通経路も洋書業務とはまったく異なる為、
「取次?番線?短冊?改装?」、と ? が出てくる日々でした。
特に常備作業は、事前準備など計画的に進めなければならず、今でも夢に見るくらい苦労したのを
覚えています。

また「改善会議」と称し、岡村・髙間舘も同席の上、毎週営業所の課題改善についてハードな議論を
繰り広げていた記憶があります。(辛)
私生活では平成19年に結婚、翌年に長男が生まれました。
そんな竹の塚勤務も4年程で、再び川口営業所に戻ります・・・

異動後は、川口市にあった3つの営業所を1つの新営業所にまとめるビッグプロジェクトに
参加することになりました。
この新営業所こそ、今の当社のフラグシップ営業所 BBD です。


BBD(H22.10)では、ひとつの営業所程のフロアで洋書と印刷物の保管管理業務を
受け持っておりました。
倉庫の規模も、PALさんの人数も桁違いだった為、以前にいた営業所とはまた違う視点を
得ることができたと思っています。
勤務期間は2年半程。プライベートではこの間に次男・三男が生まれます。


次なる営業所は、A-one(H25.5)です。
営業所の中でも一番小さく、規模は80坪程の営業所でした。
主な業務は、印刷所から入荷したチラシなどの梱包と発送など。
100パレット入って翌週に100パレット出るという、荷動きが豪快!な業務に毎日奔走していました。
ここでは今までの経験を活かすのと以外にも、スケジューリングから段取り、見積・単価・原価などの
収支面など、仕事の基本の重要性を再認識する機会となりました。


平成27年11月にはOBCの開設プロジェクトに参加し、現在のオーム社様倉庫での勤務がスタートします。
業務開始後は、今までに経験をしたことのない規模の常備作業、その流れから教科書の繁忙シーズンに入るなど戸惑うこともありました。
しかしお客様をはじめ、多くの方々に助けていただきながら無事に2年目を迎える事ができました。

そして名誉なことに、今年の7月よりOBCのセンター長として営業所運営に携わることとなります。
入社してから、山や谷がありましたが、今まで携わって頂いた方々の叱咤激励を力に変え、
15年間の経験を惜しむことなく発揮していきます。

今後とも宜しくお願い申し上げます。

収集癖(コレクション)

2017/02/07

皆さんには「もの」を集める収集癖はないだろうか?

TV番組で芸能人のコレクション拝見、というのがある。クラッシックカーや指輪、骨董品、絵画、浮世絵、靴、Nゲージ、などなど。羨ましいと思うよりも、「ヘェー。。。」と感心する程度で興味がわきません。
価値観の違いというか、やっぱり人それぞれ収集癖のポイントがあるのでしょう。

私が記憶にある最初の収集癖(コレクション)は、メンコだっただろうか。
メンコは、「パッチン」という相手のメンコを自分のメンコの風力でひっくり返せば相手のものを頂ける、
弱肉強食の遊びである。
綺麗なキラキラしているもの、人気漫画キャラクター(赤影、デビルマン、仮面ライダー)もの、
レア(エイトマン等)なもの、種類が豊富でした。
また小さなメンコで大きなものをひっくり返した喜びは快感です。
左利きの私は他の人が不利の時こそチャンスに恵まれ、結果、みかん箱いっぱいになるメンコの
コレクションを持っていました。

次に集めたのがベーゴマ。
いまだに生産しているのは埼玉県川口市にある鋳物工場のようです。小4位でしょうか、夢中になって
遊びました。これは樽に布を張ってその上でベーゴマを回し、相手のベーゴマを弾き飛ばすというゲーム。
負けたら自分のものを差し出すというルールです。重心が低くなるよう砥石で研いだり、弾き飛ばす威力を増すようにコマの周りを鋭くしたりと工夫がありました。
手塩にかけたベーゴマを取られた悔しさは今でも覚えています。

それと社会問題にまでなってしまった 「仮面ライダースナック」。
1袋に1枚付いているカード。友人の中には、お年玉で「大人買い」1ケース買ってスナック菓子を
ドブに捨てるやつもおりました。
お宝探偵団で見ましたが、今けっこう良い値段で引き取ってもらえるようです。惜しいことしました。



あと大ブームになったスーパーカー消しゴム。
小学校の休み時間、BOXYのボールペンで消しゴムをはじいてレースをしたり、机で消しゴムをぶつけて
弾き飛ばす遊び。BOXYというペンは、机に置いたとき平らな面で安定感のあるバネの威力を発揮できる必須アイテムです。
もちろん取るか取られるかの本気のゲームです。消しゴムのタイヤ部分にラッカーで色付けして滑りを
良くしたり、ボールペンのバネをダブルにして強化したりと工夫したのを覚えています。

高校生になって、喫茶店というところに入り浸っていたころ集めたのは喫茶店のマッチ。
店名が気に入ったもの、有名な名曲喫茶、JAZZ喫茶、旅行先の喫茶店、マッチを見るとその時のことが
思い出される。それが何ともいい感じで集めていました。


今、私が集めているのはJAZZ CD。
実際にはCDをリッピングしてハードディスクに曲(デジタル音)・曲名・アーティスト名・ジャケット写真を
いれています。自分のライブラリーが充実してくるとニンマリとなってしまう。CDデータで2,000枚くらい
だろうか。

 


勿論、新品ではなくAmazon中古です。1円から数万円を超えるもの(私は~2,000円までと決めて
います)まで、いろいろ。検索して安く手に入った達成感、征服感、満足感は格別なものです。
(私だけかもしれませんが。。。)

収集癖のある私は気に入った演奏者のアルバムは全て手にしたいという欲求があり、暇があれば
お目当てのCDを求めて、出会いを求めて、ピコピコしている今日この頃です。



結果、振返ると私の幼い時の収集癖はすべて友達から取り上げるルールのものが多かったなぁと
気づきました。
今は平和的なコレクションですが、嫁からは「死ぬ前までに処分しておいてネ。」と心臓に氷の槍を
突き刺すようなご指摘を受けております。

さくらデポ 小島

年末年始の過ごし方

2017/01/10

大みそか
年越しそばを食べ終わり
「ゆく年くる年」の番組がはじまる頃にスパークリングワインの空ける音で、1年無事に過ごしたこと、
来る年を祝う。
いい具合に、体が温まった頃に近くのお寺、法華経寺に向かい、三社参りをする。


法華経寺には荒行堂があり、甘酒とおしるこの振る舞いを有難く頂く。

年々法華経寺の参拝者は減っているように感じる。
4、5年前までは、京成中山駅まで続く列が正門手前まで減少、さみしさも感じたが、
今年は二十歳前後の世代が目立った。
この中に、除夜の鐘を突く為に我が子らが並んでいると思うと微笑ましい。


正月三が日は、お屠蘇を飲む習慣。


もともとは、嫁の実家の習慣で、結婚して初めての正月は、丸もち育ちの九州人としては、
漆器にも のし餅にも お屠蘇の作法にもこれぞ関東式なのかと驚いてしまう。
家族全員で3日間、「あけましておめでとうございます」の発声で、お屠蘇が始まる。

あれから21年、現在は漆器とともに我が家では欠かせない習慣になっている。

今年は子供らが遊びに出かけ、家族全員でとはいかなかったのがさみしいが、何年か何十年先には、
子供らにこの日本の伝統を守って欲しいと、強く感じた年末年始でありました。

IT課 宮本

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