夏は夏なだけでちょっと良い

2018/08/31

はじめまして。
入社二年目、BBDの樋口です。

一番好きな季節は夏です。と言いながらも、暑さに負けて引きこもっていることが多いのですが、
たまにはお出かけもします。たとえばフジロックフェスティバル。

カンカン照りにしてみたり豪雨になってみたり、いつもせわしないことで評判のフジロックの、
ベストタイミングなんじゃないかと思うくらい気持ちのいい夕方に現地に到着。

お目当てはこれです。


ネバーエンディングツアーを続ける、プロフェッショナルバンド。
来日したら必ず見に行く程度に大好きです。
今回はステージの向かって右端に、ノーベル文学賞のトロフィーが置いてあったとか。



ご覧のとおり、私は左寄りにいたので見えていません。ちょっと残念。
彼のノーベル文学賞受賞は賛否の分かれるところだろうとは思います。ミュージシャンであって、
文学者ではないだろう、と言われているのをよく聞いたような記憶があります。
でも、文学ってそもそもいったい何なんでしょう。

私の好きなTwitterのアカウントに、「偶然短歌bot」(@g57577)というのがあります。
ウィキペディアの文章の中で、偶然五七五七七になっている箇所を「偶然短歌」として抜き出して投稿しているアカウントです。
「親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト」、「お互いの趣味を用いた壮絶な親子喧嘩を
始めてしまう」、果ては「アルメニア、アゼルバイジャン、ウクライナ、中央アジア、およびシベリア」など、
様々な五七五七七のパターンを読めるのでおすすめです。
私はこの語感の良さを気に入っているのですが、元は五七五七七にしようなどとは微塵も思っていない、
ただの説明文です。ではこれは一体何なのか。

更には「青空文庫偶然短歌bot」(@aozoratanka)というものまであります。
青空文庫から抜き出していますから、つまり色々な小説や詩歌の中の五七五の拾い集めです。
これこそもはや何なのかわからない。
こうした最近のテクノロジーと融合した試みでなくても、明治生まれの俳人、種田山頭火や尾崎放哉の作品があります。

「歩くほかない草の実つけてもどるほかない」(種田山頭火)

「分け入っても分け入っても青い山」(種田山頭火)

「咳をしてもひとり」(尾崎放哉)

俳句といえば五七五で季語があるのが定石ですが、その縛りを解放する自由律俳句を詠んでいた人たちです。これも五七五と季語を失くして、なお俳句である俳句って一体・・・?というジャンルです。

しかし俳句は紛れもなく俳句というジャンルに収まっているのかといえば、それもまたちょっとわからない。俳句にも字余りもあれば字足らずもあり、正岡子規も、『俳諧大要』をまとめたけれど、結局俳句も特徴はあるが他の文学とはっきり区別はできないのでは、というようなことが書いてあったりします。

結局文学は、いろんなものがごちゃまぜになっていて、割り切れないところが良いのかもしれません。
考えてみれば、人間は理解しえないものに接したとき、それを神様として崇めたり畏怖したり明らかにしようと科学を発展させたり、いろんなことをしてきたなあと思います。
芸術も科学も理解しえないものが原点になるとするなら、双子のようなものなのかもしれません。

では最後に、私がこの夏、葉山の神奈川県立近代美術館『貝の道』展で見てきた理解しえないものの
写真を載せておきます(撮影可の展覧会でした)。
シャーマニズムの神様の、何ともいえないところが非常に神様らしくて私は好きです。

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