< 社員総会 >

2017/09/12

41期がはじまりました。

毎年期首の9月に [社員総会] を行います。
今年は9月2日(土)に、中野サンプラザ宴会式場で開催しました。
出席者は社員、PAL(パル)リーダーを含めて41名でした。
(当社ではパート、アルバイトさんを仲間という意味を込めてパルと呼称しています)




「社員総会」では、中期経営計画書に綴った年間経営計画、部門方針、個人行動計画、
個人決意表明を発表します。

年間経営計画に基づき各部門長が部門方針を作成、そして部門方針をもとに個人別で年間行動計画を
作成していきます。経営計画を達成するために各々が取組方法を発表し、出席者全員が共有します。

締めくくりは、社員代表1名による決意表明です。
「一つ我々は」から続く、安全と計画達成の意思・意欲を言霊にして誓いを述べます。
身が引き締まる瞬間です。

私は、参加者全員が発表する 『個人決意表明』 が大好きです。
この決意表明は、今期一年を通じ、一言二言の短い文章で表されますが、

苦手意識を克服する決意! 前期1年間の反省点を今期に活かす決意! 計画達成の施策を決意!

120%・150%の能力を引き出す為、自身を追い込んでいる思いや姿に感動します。

出席者全員が共有していますので、決意と違う言動があった時には、
「おいおい」と突っ込みが入ります。(笑)


社員、PALリーダー各々が成長を決しています。 あたたかく見守って頂ければ幸いです。
今期もどうぞよろしくお願いいたします。


IT課 宮本

~ 人生いろいろ ~

2017/08/21

「ちょっと東京行ってくるわ」
「おお、そうか」

唐突な会話。父親と日常のように会話し、東京に出てきて10年以上が経った。
まさか父親も行ったきりになるとは思っていなかったと思う。

関西出身の私は、職探しに奔走していた。
が、しかし関西ではなかなか良い縁が見つからなかった。
その時、職探しの一環で、とある研修に目が留まる。
研修に参加しようと思うが、その研修は東京でしかやっていなかった。
小学生の頃から当時(25歳)まで、これといった引っ越しもしたことがない。
別の町に住んだこともない。
まして一人暮らしをしたこともない。

~私の過ごした町~
兵庫県西宮の夙川







テレビでしか見たことのない東京、行ったこともない東京。
悩んだあげく、長年住み慣れた土地(夙川)を離れ東京へ行くことを決める。

ウイークリーマンションを住まいとし、研修に参加。研修生は40名ほど。
研修の内容は、社会人の基礎から始まり、挨拶の仕方、名刺の交換など、初回は難易度が低い。
しかし中盤に差し掛かり、飛び込み営業で冊子を売る、都会のど真ん中の公園で一人で
大声で自己紹介をする、などハードルが高くなる。
徐々に脱落者が増え、最終的には20名ほどになっていた。
研修の終盤に、様々な企業の社長、採用担当の方と面接を行い、お互いが気に入れば二次面接に進む。
そうして出会ったのが現在の私の職場である。

その後、都内某所に家を借りた。
ワンルームマンションの家財道具は冷蔵庫、薄っぺらい布団、100均で購入した椅子、
あとはPCがあったくらい。

息子のレゴにて再現するとこんな感じ。本当に何もない・・・。



掃除もろくにしておらず、体調を崩した際には心配した上司が
土足で踏み込んできたくらいの状態で生活していた。

この10年、思い立って上京し、結婚もし、子供も生まれた。
我ながら怒涛の10年であった。
もしあの時、関西に残っていたら。
もしあの時、研修会社に登録していなかったら。
もしあの時、入社出来ていなかったら。
今の自分はいない。
そして今の家族もいない。
そう考えると、人生とは面白いものだなと思う。

いろいろ大きな長男と愛嬌たっぷりの次男。



余談だが、6~7年前、私は会社の皆の前で突如「禁煙」を宣言した。
今思えばその時は軽い気持ちだったような気がするが、なぜかその後、
現在に至るまで禁煙状態を保っている。
決意というものは、自分の中だけでするとくじけてしまうが、公言してしまえば実行せざるを得ない。
そう考えると、私の場合は、ちょっとしたことでも宣言することで第一歩を踏み出せるのかもしれない。
差し当たり、今の私のプライベートにおける宣言は・・・

結婚してからこれまでに増量してしまった体重を、これ以上増やさないようにする!

10年前のあの時、50kg台だった体重も、70kg↑と右肩上がりの上昇。
まさかの健康診断でイエローカード。痩せすぎの分類と思っていたのは遠い昔の話で、
ぽっちゃり、否肥満の分類に区分されるようだ。
なかなかに難しそうだが、是非とも実行しなければ。
一人ではつらいけど、いろいろ大きい長男(現在6歳)と共に運動に励もう。

さくらデポ naka

15年目の決意

2017/06/15

こんにちは、OBCの松坂です。
今回は、私の入社から現在までを振り返りながらご紹介したいと思います。

入社は、平成14年 4月1日。最初の勤務地は、今は無き川口営業所でした。
入社前は群馬で一人暮らしをしていたのですが、入社までは配属先が分からなかったため、
通勤に便利な北千住に部屋を借りました。
決め手は、路線の乗り入れが多いこと、都内でも家賃がさほど高くないこと、
何よりたくさんの飲み屋さんがあることでした。

さて配属先の川口営業所は、主に洋書(ELT)をお預かりしている倉庫でした。
当時の営業所所長は、現常務取締役の髙間舘、入庫担当に現部長の柳という顔ぶれ。
PALさん(パート・アルバイトさんのことを当社ではこう呼んでいます)も、今でも語り継がれるような
個性の強い方々でした。
入社当時は学生気分のままだったのか、ピアスをつけて出社なんて失態を演じたこともあります。(恥)

最初は、先輩の柳の下で入庫業務を行っていたのですが、細かい事をコツコツと行うことが苦手な私は
ミスを連発しておりました。
数違い・ロケーション違い・商品違い・・・・一通りのミスを何度も起こし、あげくには、
クーリエ(国際宅配便)の荷物を間違えて検品、お客様に多大なご迷惑と損害を与えてしまい、
当時の営業部長の岡村とお客様へ謝罪にお伺いしたこともあります・・・

入社後すぐに挫折を味わい、さらに一生懸命取り組んでも間違ってしまうという
「負のスパイラル」に陥ります。
その後入庫担当を外れ、出庫業務を行いながら一から入庫業務を覚え直しました。
そんな川口営業所での勤務も4年経ち、一人前?になれた頃に辞令が出ます。


次の勤務地は竹の塚営業所です。(H18.6)
竹の塚営業所は、和書(専門書)に特化し、流通経路も洋書業務とはまったく異なる為、
「取次?番線?短冊?改装?」、と ? が出てくる日々でした。
特に常備作業は、事前準備など計画的に進めなければならず、今でも夢に見るくらい苦労したのを
覚えています。

また「改善会議」と称し、岡村・髙間舘も同席の上、毎週営業所の課題改善についてハードな議論を
繰り広げていた記憶があります。(辛)
私生活では平成19年に結婚、翌年に長男が生まれました。
そんな竹の塚勤務も4年程で、再び川口営業所に戻ります・・・

異動後は、川口市にあった3つの営業所を1つの新営業所にまとめるビッグプロジェクトに
参加することになりました。
この新営業所こそ、今の当社のフラグシップ営業所 BBD です。


BBD(H22.10)では、ひとつの営業所程のフロアで洋書と印刷物の保管管理業務を
受け持っておりました。
倉庫の規模も、PALさんの人数も桁違いだった為、以前にいた営業所とはまた違う視点を
得ることができたと思っています。
勤務期間は2年半程。プライベートではこの間に次男・三男が生まれます。


次なる営業所は、A-one(H25.5)です。
営業所の中でも一番小さく、規模は80坪程の営業所でした。
主な業務は、印刷所から入荷したチラシなどの梱包と発送など。
100パレット入って翌週に100パレット出るという、荷動きが豪快!な業務に毎日奔走していました。
ここでは今までの経験を活かすのと以外にも、スケジューリングから段取り、見積・単価・原価などの
収支面など、仕事の基本の重要性を再認識する機会となりました。


平成27年11月にはOBCの開設プロジェクトに参加し、現在のオーム社様倉庫での勤務がスタートします。
業務開始後は、今までに経験をしたことのない規模の常備作業、その流れから教科書の繁忙シーズンに入るなど戸惑うこともありました。
しかしお客様をはじめ、多くの方々に助けていただきながら無事に2年目を迎える事ができました。

そして名誉なことに、今年の7月よりOBCのセンター長として営業所運営に携わることとなります。
入社してから、山や谷がありましたが、今まで携わって頂いた方々の叱咤激励を力に変え、
15年間の経験を惜しむことなく発揮していきます。

今後とも宜しくお願い申し上げます。

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